「赤西蠣太」(志賀直哉)①

「サザエさん」かと思ったら「スパイ大作戦」

「赤西蠣太」(志賀直哉)
(「小僧の神様・城の崎にて」)新潮文庫

赤西蠣太は、
完成した「報告書」を疑われずに
持ち出すための方策を
鱒次郎と話しあい、
美女の小江に
艶書を送ることにした。
ふられて体面を保つために
家を出たことにするのだ。
ところが小江からの返事には
蠣太を尊敬していると…。

志賀直哉の小説中
唯一の歴史小説であり、
そして謎の多い(というか
とらえどころのない)作品として
知られています。

読み始めると、
コメディかと勘違いしそうです。
主要人物が海の生きものに
ちなんだ名前になっているからです。
主人公・赤西蠣太(カキ)、
ふとしたきっかけで友人となる
銀鮫鱒次郎(サメとマス)、
按摩師・安甲(アンコウ)、
そして蠣太が艶書を渡す
美女・小江(サザエ)。
ずばり「志賀版サザエさん」なのです。

筋書きも軽妙です。
蠣太はさえない醜男、でも好人物。
行動もユニーク。
安甲に按摩をしてもらっているうちに
腸捻転となり、
それを自分で腹を切って治すという
笑えるようなエピソードありで、
志賀にしては
明るく爽やかな作品だと思いきや…。

ところがその後、鱒次郎は安甲を暗殺。
驚くことに蠣太・鱒次郎は
偶然知り合ったことに
なっていたのですが、
以前から仲間だったような会話が
現れます。
二人は伊達兵部・原田甲斐
それぞれの屋敷に
潜入捜査をしているらしいのです。
雰囲気は一転して
「スパイ大作戦」となります。

それも束の間。
次は蠣太が小江に
偽の艶書を送ったところ、
まんざらでもない返事が。
今度は恋バナか?
トレンディ・ドラマか?

そして最後は脱出劇。
事の真相が明らかになります。

それにしても、
史実(仙台藩伊達騒動)をもとにした
シリアスな作品を、作者・志賀は
なぜユーモアのオブラートで
くるまなければならなかったのか、
大きな疑問が残ります。
「剃刀」「濁った頭」「笵の犯罪」等、
優れたサスペンスタッチの作品を
残している志賀なら、
もっと息づまる展開の作品も
書けたのではないかと思うのです。

もしかしたら、
作者が描きたかったものは
「嘘から出たまこととしての
蠣太の恋」であり、
「伊達騒動秘話」は
単なる舞台装置に過ぎないという
ことかもしれません。
短編でありながら、
小説を読む面白さが満載されている
希有な作品です。
中学生の志賀直哉入門として
薦めたいと思います。

(2019.10.8)

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